モノとミニマリスト

服に対する向き合い方は、禅に近い

こんにちは。人生投資型ミニマリストのゆきたかです。

「持たない生き方」という禅僧が書いた本があり、禅僧の服に対する向き合い方がおもしろいです。

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服を大往生させる禅僧の向き合い方

禅僧ですから、物は少なく、特に服は数着です。

このような修行をしていれば、持っているものは、生きるために必要なものだけになるわけです。そして、さらにその数少ない、必要なものを大切に使うようになります。衣服も、ほころびがでれば自分でつくろいましたし、 金嶽宗信. [禅的]持たない生き方 (Japanese Edition) (p.68). Kindle 版.

さらに、服に穴が開いたりしたら、自分で縫う。

普通の人にとっては、寿命を迎えたであろう服も復活させて使うわけです。

オシャレかどうか問題は、そもそも問題ではないのでしょう。

修行中の身。むしろ、衣服を無駄にするようなことがあればバチ当たりってものなんでしょう。

着物はほころびが出ると自分でつくろいますが、三年ぐらい経つと、やはりボロボロになります。ボロボロになった着物や使い古したタオルは、最後は切って雑巾やモップにします。 金嶽宗信. [禅的]持たない生き方 (Japanese Edition) (p.69). Kindle 版.

最後は雑巾にして使う。

きっと、普通の人より3倍、いや本当に10倍くらい一つの「布」として使っているかもしれない。


エシカル消費ということ

エシカル消費とは。

環境と、人に優しい消費です。

では、服に対するエシカル消費の文脈とは。

ます、環境への配慮。

環境に優しい素材を使うことはもちろん、作りすぎない、余らせない、捨てすぎないことが大事です。

高級ブランドでよく聞く話で、余ってしまった商品はセールにして売り切ることはなく、その希少価値を落とさないために、捨ててしまうという話があります。

きちんとつくり、売り切ることが、次世代の環境配慮です。

そして、人への配慮。

ユニクロで話題となりましたが、ウイグル製の綿を使っていること。

真偽は不明ですが、ウイグルの強制労働されている人たちがつくった綿素材を使用している疑いがあり、それは間接的に人権侵害となる。

新興国の人に対しても、正当な対価を支払ってつくった服が、エシカルな服です。

一見、環境にいい消費のことかな?と見えるエシカル消費は深い言葉です。

で、これはけっこう製造者側の話でもあったわけなので、消費者から見たエシカルな消費とは?

まず、エシカルにつくられた服を買うこと。

そして、買った服をエシカルに使い切ること。

言葉の定義が複雑なので前置きが長くなりましたが、つまり、買った服は寿命までちゃんと使いましょう、です。

買った側がきっちり寿命まで使い切ることは、「エシカル消費」の定義上にそんなに書いていないのですが、一番重要なんじゃないかと個人的には思っていて。

それでいうと、禅僧はエシカル消費どころではありません。

ある意味、時代の超先端を行っており、ミニマリストでエコなのです。

以前、書いた物を減らす記事は、「捨てること」にフォーカスしたものでしたが、いまは「買わない」「捨てすぎない」を大事にしはじめる段階に、個人的には入りました。

【絶対に物を減らす方法】捨て活ここからこんにちは。人生投資型ミニマリストのゆきたかです。 このまとめページでは、 Who: これから、物の処分や捨て活を...

ここまでエシカルな消費は難しいと思うけど…、一部なら。

とはいえ、私のような一般人がすぐに真似できるかといえば、それは難しい。

ボロボロの服を着て出かけるのも、非常識というものです。

これは、修行という経済から離れた位置にいるからこその視点と言える。

しかしながら、パジャマなど普段表に出ない服だとすればどうでしょう。

私は、パジャマや下着など人が見えない部分は徹底的にこだわりません。

(見える部分も大してというか相当こだわらない方ですが)

寝ている間に汗をかくのが嫌なので、パジャマはエアリズムTシャツとステテコです。

ステテコに関しては、膝が破れるたびに、繕って着続けています。

最初は、6部丈だったのが、いまや4部丈ほどになりました笑

縫って使い続けるステテコ

(織り込んで縫い付けるので、使うたび短くなる。汚く見えますが、素人が適当に縫ったらこんなもんです)


こだわる服とこだわらない服という視点を持つ

ミニマリストの本でも物を減らしたぶん、下着とか、パジャマとか、他人に見えない部分こそ、こだわりましょうとかよく聞きます。

で、見える部分はこだわらないのかというと、もちろん見えない部分以上にこだわることになるのではと思います。

これは、個人的にはあんまりかなと感じています。

全然、服に対するこだわりがない私がいうと説得力ないかもしれませんが。

でも服を数年は買っていない私でもありますよ、お気に入りの組み合わせ。

ちょっとツルツルした表面のピンクのニット?トレーナー風?に、9部丈の黒のパンツに、白ソックス、黒系の靴(靴に関しては黒ければなんでもいい)。

このニットと黒パンツは、多分5年以上前に買ったものです。

パンツはよく履くけど、その組み合わせではたまにしか着ません。

だから、その組み合わせで出かけると、ちょっとアガるのですよ、やっぱり。

ぜんぶアガる服だとすれば、きっともう日常になってしまって、あんまりアガらないんじゃないかな。

アガるという刺激は、慣れと対極にあります。

禅僧みたいに、ぜんぶこだわらないというのも私は有りだと思いますが、それはストイックすぎると感じる人は「こだわる服」「こだわらない服」を分けて着てあげるといいんじゃないでしょうか。

こだわる服の日のドキドキは、少ない物の中でも達成できます。

また、こだわりの服っていうのは、ファッション(流行)にも左右されません。

実際に5年以上前の服でも、古いなって感じしません。

すると、服を無駄に買ったり、無駄に捨てたりすることは減っていきます。

服に関しては、エシカルな消費とは「使い切る消費」のこと、と捉えてもいいんじゃないかと思う今日この頃です。



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